型の文化と、美。
 
 

いきなり、かたそうなタイトルだか、僕には、どうしても魅了されてしまう光景がある。

それは「茶道」である。

特に、女性が、行っているのがたまらない。背筋がぞわぞわしてしまうのだ。
その女性が、美人だから、というわけではない。
その「動き」に魅了されてしまうのである。

日本の伝統文化には、このような「型」の動きが沢山ある。
剣道、柔道、茶道、およそ、「道」がついているものには、この「型」はかかさない。

我がこころの師、養老猛司先生は、「型は、日本文化における個性を表す形式である」といっている。

「何故、型などという、まさに型にはまった動きが個性なのか?まったく逆ではないのか?」
型とは、言わば「物差し」である。
型にはめると、その型からの微妙な「ずれ」がわかる。
この「ずれ」が個性である。

動きの「物差し」を作るのは難しい。
なぜなら、それは写真にとって測ったりできないからだ。
型は、その問題を見事にクリアしている。

話が、横道にそれた。
ともかく、型とは、ある完成された動きの物差しだから、その動きには「美」があるというわけ。

実は、これはカイロプラクティックにもあてはまるのではないか。
カイロの病理は、いわば「動き」の病理である。
そこには、型ともいえる理想的な「背骨の動き」があるのではないか?

確かに、患者さんのなかには、「美しい背骨の動きだな」と、感じることもある。
「そりゃ、どんな動きだ?」と言われたら、よく解らない。

どんな動きが、背骨の動きの「型」なのか?
今の僕にはわからないが、それを追及する事は、日本的いうとカイロ道という所なのだろう。


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